森田療法は、対人恐怖症の治療法・克服方法として有名ですね。
あるがまま(恐怖や不安にとらわれない)、目的本位(やるべきことをやる)といった態度で症状改善を目指す精神療法のことです。
この「森田療法」についてわたしはさまざまな書籍を読み、実践可能な治療法や症状克服の参考になりそうな考え方を試してきました。
その過程で、対人恐怖症の症状のひとつである視線恐怖症(脇見恐怖症など)の治療でも森田療法は有効なのか、疑問を抱き続けています。
視線恐怖症に関する言及が少ない
なぜ疑問を持つかというと、森田療法の関連書籍には視線恐怖症についての言及がほとんどないからです。
森田療法で視線恐怖症が治ったという事例も本の中では見当たりません。
もちろん、わたし自身も森田療法を実践していますが依然として視線恐怖症のままです。
森田療法の原典ともいえる、創始者・森田正馬氏が著した書籍のシリーズがあります(『神経質の本態と療法』、『神経衰弱と強迫観念の根治法』、『生の欲望』、『自覚と悟りへの道』、『対人恐怖の治し方』)。
これらの本で言及されているのは、ほとんどが赤面症、吃音症や自臭症です。
治った事例にいたっては、赤面症に関するものばかりという印象…。
視線恐怖症という単語は出てくるので、「視線恐怖症」という概念そのものは森田氏が生きていたころから存在していたのでしょう。
しかし前述の各書籍では、肝心の克服方法がほとんど説明されていません。
森田氏自身も学生時代に視線恐怖症をわずらっていたようですが、自然に治ったとしか書かれていないのです。
知りたいのは「どのように」自然に治ったのか、具体的な内容なんですけどね…。
脇見恐怖症・自己視線恐怖症・他者視線恐怖症については、そのままの単語はいっさい出てきません。
「隣りが気になると勉強に集中できなくなる」「自分の目つきが気になって道を歩けない」「店員から見られている気がする」などの記述があるくらいです。
もちろん脇見恐怖症の克服法などは書いてありません。
唯一、正視恐怖症に関しては森田氏による説明や治療のヒントが載っています。
ただ本のなかで紹介されている正視恐怖症患者の体験談を読んでみると、その方が最終的に治ったのかどうか不明です。
このような具合であるため、森田療法で視線恐怖症を治療できるのか疑問を抱かざるを得ません。
多少の効果があるのだとすれば、同療法の関連書籍でもっとくわしく取り上げられているはずですからね。
ちなみに対人恐怖症の諸症状のなかでもマイナーな咳・咳払い恐怖症については、森田氏による言及が皆無となっています。
一部の患者の体験談として「他人の咳払いまで気になった」というような箇所が少しあるくらいです。
対人恐怖症のおおまかな治療には有効
とはいえ、森田療法の考え方そのものは参考になります。
当記事の冒頭で書いた「あるがまま(とらわれない)」や「目的本位」を心がけることは、対人恐怖心をやわらげるうえで重要でしょう。
視線恐怖症・脇見恐怖症などの克服は難しくとも、対人恐怖症全体のおおまかな治療には一定の効果がありそうです。
わたし自身、前述の原典シリーズ5冊を繰り返し読んでいくにつれ、対人恐怖や対人不安が少しずつおさまっているようにも感じます。
もちろんただ本を読むだけでなく、人前に出るリハビリを定期的に行っているからこその成果だと思いますが。
それでも読書前と後とでは、いざ恐怖を目の前にしたときの考え方・心の持ち方が変わったのは確かです。
以前のように、人の視線や咳(咳払い)に過剰に反応し、それにとらわれ続けてしまうことが少なくなりました。
もしかすると、この先に視線恐怖症(脇見恐怖症)や咳・咳払い恐怖症の克服が待っているのかもしれません。
しかし現実問題として、人への恐怖心が小さくなっても依然として人の視線は気になりますし、他人の咳や咳払いを何度も聞いて気分が落ち込むこともあります。
そのため、視線恐怖症などの治療には森田療法とは別の方法が必要なのではという気持ちも大きいです。
現時点でのわたしの考えでは、森田療法は視線恐怖症に直接的な効果があるわけではありません。
とくに脇見恐怖症、自己視線恐怖症、他者視線恐怖症については関連書籍で具体的な言及がなく、根拠に乏しいです。
ただ、対人恐怖症全般の治療法として参考になる部分はあります。
森田療法の概念をうまく応用できれば、視線恐怖症に対してもある程度は有効かもしれません。
たとえば「見て当たり前」と考えるのは、森田療法的な方法といえるでしょう。