雑音恐怖症のきっかけについての記事で触れましたが、大学生時代に発症したのが咳・咳払い恐怖症です。
すでに発症していた脇見恐怖症と同じく、気にすれば気にするほど症状は悪化していきました。

咳・咳払い恐怖症の発症

アパートの下階から聞こえる大きな咳

大学1年生から3年生にかけてアパートで暮らしていたころの話です。
ある日の夜いつものようにベッドで眠りにつこうとすると、斜め下の部屋から男性の大きな咳が聞こえてきました。
木造アパートだったのと、おそらくその部屋の住人が窓を開けっ放しにしていたためでしょう。
しかし1回だけならまだしも、数分おきに「ゴホゴホッ」と大音量の咳が繰り返し聞こえてきます。
気になって仕方がなくなり、なかなか寝つけませんでした。

その日からわたしは少しずつ、その住人の咳や咳払いに恐怖を感じるようになっていきます。
来る日も来る日も就寝前には大音量の咳が発生。
いつもその咳を聞きながら眠らなければいけないことに気味の悪さを感じていました。

なぜわたしが寝るタイミングで咳をし始めるのか。
睡眠を邪魔しようとしているのか。
受験生のころ「物音で勉強が邪魔されている」と妄想をしたのと同様に、「咳で睡眠が邪魔されている」と思い込むようになりました。

しかし今回の咳については敵意というより恐怖…。
その住人の咳がとても大きな音だったこともあり、わたしを威嚇するような攻撃的なメッセージ性を感じたからです(いま振り返ると、統合失調症の被害妄想に近いといえるかもしれませんが)。

やがて就寝前以外の時間帯でもその住人の咳を気にするようになりました。
物を落としたり帰宅時に玄関のドアを締めたりすると、それに反応したかのようにその人が咳をするんです。
監視をされている気分でこわくなりました。
わたしが何か音を出すと相手が咳をしてくるんじゃないかとビクビクするようになったわけです。
自室での生活に苦痛を感じ始め、生きた心地がしません。
外出先から帰宅するときも、またあの咳におびえながら時間を過ごさなければならないのかという恐怖にさいなまれました。

他人の咳・咳払いへの不安と恐怖

さらに脇見恐怖症の思考パターンが症状を悪化させます。
その住人の咳はわたしが原因なのではと妄想するようになってしまったわけです。
わたしの行動にいちいち咳をしてくるということは、つまりはわたしの存在が咳の原因なのかもしれないと考えるようになってしまいました。
自分から何かオーラのようなものが出ていて、それに反応しているのでは…と関係妄想をする癖がついてしまったのです。

この妄想を確認するかのように、その住人以外の咳や咳払いも気にするようになっていきました。
一種の強迫性障害ですね。
確認する癖が、咳払い恐怖症の症状を本格化させていきます。
道ですれ違う人、電車内の人、店員や(わたしがレジ接客のバイトをしているときの)客など、男性・女性や老人・若者を問わずさまざまな他人が咳や咳払いのしぐさをしないか確認する日々…。
誰かが咳をすれば「やはりな」と確信を得るとともに、また咳をされたらどうしようという不安も強まっていきました。

咳や咳払いの音は大きいので、そのときすでに雑音恐怖症にも悩んでいたわたしには恐怖です。
とくに男性の咳・咳払いは大きく響き渡るため、いちいちビックリしてしまいます。
この恐怖を味わいたくないという不安からさらに咳や咳払いを気にしてしまうという悪循環。
もう咳ノイローゼ(咳払いノイローゼ)のような状態です。

人間への敵意が強まる

もっと悪いことに、他人(知らない人)だけではなく知人、友人や家族の咳・咳払いも気にするようになっていきます。
同じ空間にいるときに相手のそうしたしぐさを目にすると、自分のせいでそうしているんだなと自虐的になりました。
あのアパートの住人の攻撃的な咳を思い出してしまい、親しい人にまで自分を否定された気分になったものです。
他人に咳や咳払いをされるのは自虐的になるだけで済みますが、親友や家族の場合は相手への不信感まで湧いてしまいます。

大学3年生の終わりくらいになると、テレビやラジオから聞こえてくる咳(咳払い)まで気になるようになりました。
生放送の番組で誰かが咳・咳払いをしていれば「自分が視ている、聴いているからそうしたのかもしれない」と関係妄想。
生放送以外の番組で咳・咳払いが聞こえれば「自分のせいではない」と変な安心感を覚えたりします。
電話をするときも相手が咳または咳払いをしたりすると、自分への不快感を示しているんだなと動揺していました。

ありとあらゆる咳や咳払いに恐怖を抱くようになったわけですね。
しかし同時に、人間への敵意をますます強めていくようにもなりました。
おもに他人の咳や咳払いに対してですが、公共の場所でのマナーの悪さ・エチケットのなさにイライラするからです。
手で口をおさえずに咳をしたり、映画館や美術館など静かな場所で咳払いをしたり…。
大人の行儀の悪さに同じ人間として嫌になりました。

とくに攻撃的な咳払いはうるさいし大嫌いです。
わたしが視線恐怖症を原因とした挙動不審な行動をとったりすると、うざいと言わんばかりに咳払いのしぐさを目にしたりします。
わたしの視線がキョドっているくらいでいちいち反応するなよと、ますます他人に敵意を感じるようになりました。

こうした恐怖・敵意から、まもなく対人恐怖症が発症することになります…。

咳・咳払い恐怖症の発症の流れはこんなところです。
ある住人の咳をきっかけにこれほどまで症状が悪化するとは…。

あのアパートから早めに引っ越していれば発症しなかったかもと思うことがあります。
しかし雑音恐怖症や脇見恐怖症などが今もなお治っていない以上、どこかのタイミングで咳・咳払い恐怖症になったでしょうね。