自宅で対人恐怖症(視線恐怖症など)の療養をしていたころ、アカシジアという症状でかなり苦しみました。
原因は向精神薬です。
薬の副作用によって自殺を考えてしまうほどの恐怖そして孤独を味わいました。
いままでの人生で最大の苦しみであり、現在もトラウマになっています。
エビリファイの副作用でアカシジアが発症
あくまでわたしの場合ですが、アカシジアになったのは「エビリファイ」という向精神薬が原因です。
エビリファイの副作用によって、足のムズムズ感やソワソワ感が発症することになります。
ある日、通院していた精神科の担当医からエビリファイを処方されました。
わたしが「人や自分の視線を気にするのは統合失調症の症状のような気がします」と言ったところ処方されたのです。
エビリフィといえば統合失調症患者に処方されることの多い向精神薬。
担当医は機械的に判断したんだと思います。
なんの疑いもせず飲んだんですが、その日の夜にアカシジアが発症してしまいました。
足のふくらはぎのあたりがしびれるような感覚になり、ムズムズしたりソワソワしたりして落ち着いて寝られません。
起き上がっては寝てを繰り返して、眠れないまま朝を迎えました。
翌日もアカシジアの症状は治らず、座ってパソコンをしたり読書ができません。
1日じゅう部屋をうろつきまわったり足ぶみをしていないといられない状態…。
つらくて両親に症状の苦しみを訴えてみるものの、あまり真剣に対応してくれなかったと記憶しています。
足をさすったり励ましたりはしてくれましたが、さすがに一晩中つきそってはくれませんでした。
わたしが眠れないなか寝室でスヤスヤ寝ている両親がうらめしかったです。
息子が苦しんでいるのによく平気で寝ていられるな…と。
起きていてもらったところで症状は良くならないでしょうけれど…。
翌朝に親に精神科へ連れて行ってもらうことになっていましたが、それまでの時間が非常に長く感じたものです。
夜中ずっと自室をうろうろしていました。
ずーっと同じ部屋をうろうろですよ?
頭がおかしくなりますよね。
しかも足ぶみをつづけているうちに足は普通に疲れてきます。
疲れているけれど目の前のベッドで横になれないという地獄。
このまま一生、立ったままなのではという恐怖…。
もう自殺したほうが楽なんじゃないかと思ってしまったほどです。
アカシジア治療のなかで感じた孤独
アカシジア発症後の翌々日、通院先の精神科に到着したわたしは担当医に怒りをぶつけました。
「どうして副作用の説明もせずエビリファイを処方したんですか」と。
しかしその医者は少し謝る程度…。
たたでさえ対人恐怖症なのにますます人間が嫌いになりましたよ。
アカシジアの副作用をおさえる薬を処方してもらいましたが、症状はすぐに治りません。
まだまだ足のしびれ(ムズムズやソワソワ)が残る日々が続きます。
医者によれば完治まで最低2週間はかかるとのことでしたが、わたしにとっては永遠のように思えました。
少なくとも2週間ものあいだ地獄のような苦しみを味わなければならないのか…。
そんな恐怖感があったのです。
にも関わらず両親の対応は冷たいものでした。
アカシジアの苦しみを訴えても「大人なんだから我慢しなさい」。
症状がつらくて家じゅうを歩きまわっていると「幼稚園児じゃないんだから落ち着きなさい」。
こんな感じで、自室でじっとしているよう常に言われました。
目ざわりだから視界から消えてくれとでも言われている気分になったものです。
挙句の果てには、両親の睡眠中に自室でうろうろしていたら「いつまで起きているんだ!もう寝ろ!」とキレられる始末…。
人間の本性を垣間みた気がしました。
また数少ない友だちに電話で相談しても、相手はアカシジアについてよくわからないためかあまり心配してくれません。
誰も自分の苦しみをわかってくれない…。
こんなにつらいのに邪魔者あつかいされるのなら死んだほうが楽なんじゃないか…。
夜中、自室でひとりうろうろしながら涙を浮かべていたものです。
孤独感にさいなまれてたまりませんでした。
後日、アカシジア発症後3週間くらいで副作用はほとんど治まりました。
ベッドで落ち着いて寝られる喜びといったらありません。
もう向精神薬には頼らないと固く誓いましたよ。
しかし現在も後遺症のようなものが残っていて、緊張やストレスを感じると左足のふくらはぎがピクピクッっとけいれんすることがあります。
そのたびに思い出されるのは、あのときの恐怖や孤独…。
完全にトラウマです。
いっぽうで、あの苦しみを乗り越えたんだからそう簡単に自殺できないな、という気持ちもありますが。
アカシジア以上のつらい出来事がない限りは、まだまだ生きていけそうです。