わたしの被害妄想が強い原因の1つとして、昔は顔に強いコンプレックスを抱いていました。
他人よりも顔の出来が悪いんじゃないかという劣等感があり、見た目が悪いから他人に舐められやすいんだろう、攻撃されやすいんだろうと思っていたわけです。
ちなみにそうした考え方は「思春期妄想症」といわれています。
顔のコンプレックスと思春期妄想症によって、わたしの視線恐怖症は悪化しました。
いま思えば、当時は醜形恐怖症も発症していたのかもしれません。
学校の廊下で顔をネタにされる
いちばん強く記憶に残っているのが、中学生のときの話です。
学校の廊下で、ほかのクラスの女子ふたり組によく悪口を言われていました。
休み時間にトイレへ行こうと廊下を歩いていると必ずそのふたり組がいて。
その前を通り過ぎるたびに、わたしのほうをみて「きもい」だの「きしょい」だの言っているわけです。
その女子たちとは小学校も違うし一度も同じクラスになったこともないんですが、なぜかわたしをネタにしてきます。
わたしの学業成績が良いからひがんでいるんだろうと自分に言い聞かせていましたが、毎日ネタにされるのは精神的ダメージが大きかったです。
このころから、人に顔を評価されているという意識が強く芽生えました。
普通に生活をしていても、顔が変だと誰かに笑われる。馬鹿にされる。
こういった不安を抱き始めたんだと思います。
わたしはプライドが高い傾向にあり、他人からの評価に敏感だからです。
「お前のほうがブサイクだろ」と言われる
これも中学生のときの思い出です。
なじみのない女子から「お前のほうがブサイクだろ」と言われました。
中学校に入学したてのころ、前の席の不良っぽい男子とつるんでいた時期がありまして(若干、不良へのあこがれがありました)。
その男子と一緒に、大久保さんというとある女子に対して「ブスクボー!」とよく馬鹿にしていたんです。
(いま思えば絶対にやっちゃいけないことなんですがね…もしかすると因果応報なんでしょうか。)
すると大久保さんはわたしにだけ「お前のほうがブサイクだろ!」と言ってきたんです(汗)。
そのときはあまり気にしてませんでしたが、のちのち「なんで俺だけ言われたの?」と思いましたし、「俺ってブサイク?」という考えがうっすら芽生えていきました。
半分わらい話にも思えますが、地味にショックな出来事です。
クラスメートに陰口を言われる
今度は高校生のころの話です。
クラスメートの女子グループから顔について陰口を言われました。
これも入学したてのころの思い出です。
当時は前髪を挙げて学校に通っていたんですが、それが陰口のネタにされてしまったんです。
「あの人、前髪がやばい」
「おでこ広すぎない?」
「似合ってなさすぎ」
などなど、陰口としてはかわいいレベルですが、当時のわたしには結構こたえました。
入学したばかりでクラスメートのみんなと仲良くなろうと思っていた矢先の出来事でしたので…。
中学生時代のあの女子ふたり組のように、高校生になっても顔を評価していちいちネタにしてくる人がいるんだなと残念な気持ちにもなりました。
苦い思い出がまたよみがえります。
男子もどこかよそよそしかったです。
教室内を回っていろんな男子に話しかけていたんですが、ちょっとカッコつけている感じの男子は明らかにわたしを嫌がっていました。
顔の悪い人とは友だちになりたくないってことなんでしょうか。
わたしがブサイクだから避けられたのではと今でも少し思ってしまいます。
他校の女子高生に悪口を言われる
高校生から予備校生くらいのころの思い出です。
他校の見ず知らずの女子高生に「きもい」やら「(きもすぎて)やばい」やら言われたことがあります。
通学途中の通りすがりざまや電車内で言われました。
女子高生たちは集団で、しかも結構おおきい声で言ってくるので、恥ずかしいことこの上ありません。
本人たちはわたしの顔をネタにして大笑いをしていますが、被害者側としてはとてもつらい…。
鮮明に覚えているのは、高校から帰宅する途中のこと。
通学路のコンビニの前でたむろしている女子高生たちがずっとこちらを見ているんですよ。
それでわたしがその女子たちの前を通り過ぎるやいなや「無理無理~!」と笑い始めたんです。
おそらく遠目からわたしの顔の品評を行っていたんでしょう。
あれからというもの、通学路の途中に女子高生の集団がいないか警戒するようになりました。
高校は地元では都会的な場所にあったので、下校時にはたくさんの女子高生たちに遭遇するわけです。
そのため常に顔を評価されているのではという意識がありました。
この時期の前後に脇見恐怖症、自己視線恐怖症や他者視線恐怖症を発症していたこともあいまって、いつネタにされるか笑われるかわからないという不安を抱きつつ、人を避けるように帰宅していたものです。
女子大生に陰で笑われる
最後に大学に入学してからの話です。
まったく面識のない女子大生たちに影で顔を笑われました。
大学入学直後のサークル勧誘が活発な時期に、わたしは友人とあるテニスサークルのイベントに参加しました。
イベントが始まる前、集合場所でほかの新入生たちと待つことになったのですが、そのときに端のほうにいた女子大生たちが陰口を言っていたんです。
「肌が汚すぎてやばい」
「(元野球選手の)松井◯喜みたいじゃない?」
「ボコボコした顔できもい」
「いっしょのサークルいやなんだけど」
などと、あきらかにわたしのほうをみてクスクス笑いながら言っていました。
しかも目が何回も合っているのにも関わらず…。
大学デビューをして彼女を作りたいと思っていたのに、この結果です。
世間でいう高学歴な大学に入ったわけですが、ここでも顔で評価されるという現実にショックを受けました。
良識があれば人を見た目で判断したりしないと勝手に思っていた自分が青かったですね。
このころも脇見恐怖症などの視線恐怖症に苦しんでいましたが、なんとか心機一転、大学生活を楽しもうとしていたんです。
しかしそんな陰口を聞いて、一気にネガティブになってしまいました。
気持ちを変えても、顔は変わらない。
やっぱり自分は、そうやって他人に好奇の目で見られ続けるんだろう。
そういう思考のまま、さらに視線恐怖症を悪化させていくことになります。
以上が、顔にコンプレックスをもつに至ったおもな思い出です。
各エピソードをみてみると深刻な話ではない気も今はするんですが、当時は本当に悩んでいました。
思春期のなかで顔を悪く言われるのはとてもショッキングなことです。
本人なりに見た目を気にしているのに、それでも馬鹿にされるわけですからね。
他人に自分の顔を評価されているという意識が、被害妄想(思春期妄想症)や視線恐怖症を悪化させてしまっているのは間違いありません。
こうした過去の苦い思い出によって、他人の目を気にする癖が付いてしまいました。
しかし今となっては、顔のコンプレックスを克服したからといって被害妄想の癖や視線恐怖症などの神経症は治らないと思っています。
以前わたしは病気を治したいとの思いから目を二重に整形してもらったことがありますが、何も状況は変わらなかったです。